郵便番号と鉄道郵便

昭和43年に制定された郵便番号と鉄道郵便

鉄道乗務員を親局とする郵便番号〒048-26 塩谷郵便局

郵便局名 塩谷(旧漢字:盬谷)郵便局
読み方 しおや(歴かな:しほや)
所在地 〒048-2672北海道小樽市塩谷1-18-14
担当鉄道郵便局 札幌鉄道郵便局
鉄道郵便路線 函館旭川線
受渡駅 函館本線塩谷駅
キロ程 塩谷駅 1.3km 塩谷郵便局
記号入り番号消印
為替貯金番号 90047
局番号 47
為替貯金記号 らろけ
現在の集配区 小樽〒048-26
1930年(昭和5)当時の集配区域 

 

歴史
1880年(明治13)9月 塩谷郵便局(五等)として設置。
1886年(明治19)4月26日 三等郵便局に改定。
1897年(明治30)2月1日 塩谷郵便電信局(三等)に改称。
1903年(明治36)4月1日 塩谷郵便局(三等)に改称。
1941年(昭和16)2月1日 局種設定により、集配特定局となる。
2006年(平成18)9月19日 集配事務を小樽局へ移管。無集配特定局に局種変更。


歴代局長
 初代 
  


自治体の変遷
1869年9月20日(明治2年8月15日) 北海道で国郡里制が施行され、後志国および忍路郡が設置される。開拓使が管轄。
1872年5月15日(明治5年4月9日) 全国一律に戸長・副戸長を設置(大区小区制)。
1872年11月10日(明治5年10月10日) 4月に設置された区を大区と改称し、その下に旧来の町村をいくつかまとめて小区を設置(大区小区制)。
1876年(明治9)9月 従来開拓使において随意定めた大小区画を廃し、新たに全道を30の大区に分ち、大区の下に166の小区を設けた。
1879年(明治12)7月23日 郡区町村編制法の北海道での施行により、行政区画としての忍路郡が発足。
1880年(明治13)3月 小樽郡外二郡役所(小樽高島忍路余市郡役所)の管轄となる。
1882年(明治15)2月8日 廃使置県により札幌県の管轄となる。
1886年(明治19)1月26日 廃県置庁により北海道庁札幌本庁の管轄となる。
1889年(明治22)1月 小樽郡外六郡役所(小樽高島忍路余市古平美国積丹郡役所)の管轄となる。
1897年(明治30)11月5日 郡役所が廃止され、小樽支庁の管轄となる。
1906年(明治39)4月1日 北海道二級町村制の施行により、塩谷村・桃内村・忍路村・蘭島村の区域をもって塩谷村(二級村)が発足。
1910年(明治43)3月1日 小樽支庁が廃止され、後志支庁の管轄となる。
1921年(大正10)4月1日 塩谷村が北海道一級町村制を施行。
1958年(昭和33)4月1日 塩谷村が小樽市に編入。同日忍路郡消滅。

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鉄道乗務員を親局とする郵便番号〒048-25 蘭島郵便局

郵便局名 蘭島郵便局
読み方 らんしま
所在地 〒048-2562北海道小樽市蘭島1-5-12
担当鉄道郵便局 札幌鉄道郵便局
鉄道郵便路線 函館旭川線
受渡駅 函館本線蘭島駅
キロ程 蘭島駅 0.1km 蘭島郵便局
記号入り番号消印
為替貯金番号 90239
局番号 239
為替貯金記号 られせ
現在の集配区 小樽〒048-25
1930年(昭和5)当時の集配区域 

 

歴史
1937年(昭和12)7月16日 蘭島郵便局(三等)として設置。無集配局。
1941年(昭和16)2月1日 局種設定により、無集配特定局となる。
1946年(昭和21)3月11日 集配事務取扱開始。
2006年(平成18)9月19日 集配事務を小樽局へ移管。無集配特定局に局種変更。


歴代局長
 初代 
  


自治体の変遷
1869年9月20日(明治2年8月15日) 北海道で国郡里制が施行され、後志国および忍路郡が設置される。開拓使が管轄。
1872年5月15日(明治5年4月9日) 全国一律に戸長・副戸長を設置(大区小区制)。
1872年11月10日(明治5年10月10日) 4月に設置された区を大区と改称し、その下に旧来の町村をいくつかまとめて小区を設置(大区小区制)。
1876年(明治9)9月 従来開拓使において随意定めた大小区画を廃し、新たに全道を30の大区に分ち、大区の下に166の小区を設けた。
1879年(明治12)7月23日 郡区町村編制法の北海道での施行により、行政区画としての忍路郡が発足。
1880年(明治13)3月 小樽郡外二郡役所(小樽高島忍路余市郡役所)の管轄となる。
1882年(明治15)2月8日 廃使置県により札幌県の管轄となる。
1886年(明治19)1月26日 廃県置庁により北海道庁札幌本庁の管轄となる。
1889年(明治22)1月 小樽郡外六郡役所(小樽高島忍路余市古平美国積丹郡役所)の管轄となる。
1897年(明治30)11月5日 郡役所が廃止され、小樽支庁の管轄となる。
1906年(明治39)4月1日 北海道二級町村制の施行により、塩谷村・桃内村・忍路村・蘭島村の区域をもって塩谷村(二級村)が発足。
1910年(明治43)3月1日 小樽支庁が廃止され、後志支庁の管轄となる。
1921年(大正10)4月1日 塩谷村が北海道一級町村制を施行。
1958年(昭和33)4月1日 塩谷村が小樽市に編入。同日忍路郡消滅。

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鉄道乗務員を親局とする郵便番号〒048-24 仁木郵便局

郵便局名 仁木郵便局
読み方 にき
所在地 〒048-2405北海道余市郡仁木町北町4-69-2
担当鉄道郵便局 札幌鉄道郵便局
鉄道郵便路線 函館旭川線
受渡駅 函館本線仁木駅
キロ程 仁木駅 1.0km 仁木郵便局
記号入り番号消印
為替貯金番号 90033
局番号 33
為替貯金記号 らろか
現在の集配区 余市〒048-24
1930年(昭和5)当時の集配区域 

 

歴史
1886年(明治19)11月1日 仁木郵便局(三等)として設置。
1900年(明治33)11月21日 仁木郵便電信局(三等)に改称。
1903年(明治36)4月1日 仁木郵便局(三等)に改称。
1941年(昭和16)2月1日 局種設定により、集配特定局となる。
1988年(昭和63)9月12日 北海道余市郡仁木町西町1-61から北海道余市郡仁木町北町4-69-2へ移転。
2007年(平成19)3月19日 集配事務を余市局へ移管。無集配特定局に局種変更。



歴代局長
 初代 
  


自治体の変遷
1869年9月20日(明治2年8月15日)北海道で国郡里制が施行され、後志国および余市郡が設置される。開拓使が管轄。
1872年5月15日(明治5年4月9日) 全国一律に戸長・副戸長を設置(大区小区制)。
1872年11月10日(明治5年10月10日) 4月に設置された区を大区と改称し、その下に旧来の町村をいくつかまとめて小区を設置(大区小区制)。
1876年(明治9)9月 従来開拓使において随意定めた大小区画を廃し、新たに全道を30の大区に分ち、大区の下に166の小区を設けた。
1879年(明治12)7月23日 郡区町村編制法の北海道での施行により、行政区画としての余市郡が発足。
1880年(明治13)3月 小樽郡外二郡役所(小樽高島忍路余市郡役所)の管轄となる。同年仁木村発足。
1881年(明治14) 浜中村が浜中町に、山臼村が山臼町にそれぞれ改称。中町、梅川町、琴平町が発足。
1882年(明治15)2月8日 廃使置県により札幌県の管轄となる。
1883年(明治16) 大江村が成立。
1886年(明治19) 1月26日 廃県置庁により北海道庁札幌本庁の管轄となる。
1889年(明治22)1月 小樽郡外六郡役所(小樽高島忍路余市古平美国積丹郡役所)の管轄となる。
1893年(明治26) 川村が大川町に改称。
1897年(明治30)11月5日 郡役所が廃止され、小樽支庁の管轄となる。
1899年(明治32) 大江村から赤井川村が分離して成立。
1900年(明治33)7月1日 北海道一級町村制の施行により、浜中町・沢町・富沢町・中町・梅川町・琴平町・山臼町・黒川村・山田村・畚部村・大川町・沖村の区域を以て、余市郡余市町(一級町)が発足。
1902年(明治35)4月1日 北海道二級町村制の施行により、仁木村・大江村・山道村の区域を以て、余市郡大江村(二級村)が発足。
1906年(明治39)4月1日 北海道二級町村制の施行により、赤井川村が単独で自治体を形成。余市郡赤井川村(二級村)が発足。
1910年(明治43)3月1日 小樽支庁が廃止され、後志支庁の管轄となる。
1915年(大正4)4月1日 大江村が北海道一級町村制を施行。
1943年(昭和18)6月1日 北海道一・二級町村制が廃止され、北海道で町村制を施行。二級町村は指定町村となる。
1946年(昭和21)10月5日 指定町村を廃止。
1947年(昭和22)5月3日 地方自治法の施行により北海道後志支庁の管轄となる。
1964年(昭和39)11月1日 大江村が町制施行、即日改称して仁木町となる。
2010年(平成22)4月1日 後志支庁が廃止され、後志総合振興局の管轄となる。

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鉄道乗務員を親局とする郵便番号〒048-22 前田郵便局

郵便局名 前田郵便局
読み方 まえだ(歴かな:まへだ)
所在地 〒048-2201北海道岩内郡共和町前田99-6
担当鉄道郵便局 札幌鉄道郵便局
鉄道郵便路線 函館旭川線
受渡駅 函館本線小沢駅・岩内線前田駅
キロ程 小沢駅 0.3km 小沢郵便局 8.9km 前田郵便局
    前田駅 1.2km 前田郵便局
記号入り番号消印
為替貯金番号 90138
局番号 138
為替貯金記号 らちや
現在の集配区 岩内〒048-22
1930年(昭和5)当時の集配区域 

 

歴史
1909年(明治42)3月26日 前田郵便局(三等)として設置。無集配局。
1912年(明治45)7月21日 集配事務取扱開始。
1941年(昭和16)2月1日 局種設定により、集配特定局となる。
1994年(平成6)11月28日 北海道岩内郡共和町前田136-13から北海道岩内郡共和町前田99-6へ移転。
2007年(平成19)3月19日 集配事務を岩内局へ移管。無集配特定局に局種変更。


歴代局長
 初代 
  


自治体の変遷
1869年9月20日(明治2年8月15日) 北海道で国郡里制が施行され、後志国および岩内郡が設置される。開拓使が管轄。
1872年5月15日(明治5年4月9日) 全国一律に戸長・副戸長を設置(大区小区制)。
1872年11月10日(明治5年10月10日) 4月に設置された区を大区と改称し、その下に旧来の町村をいくつかまとめて小区を設置(大区小区制)。
1876年(明治9)9月 従来開拓使において随意定めた大小区画を廃し、新たに全道を30の大区に分ち、大区の下に166の小区を設けた。
1879年(明治12)7月23日 - 郡区町村編制法の北海道での施行により、行政区画としての岩内郡が発足。
1880年(明治13)3月 岩内古宇郡役所の管轄となる。
1882年(明治15)2月8日 廃使置県により札幌県の管轄となる。同年老古美村と幌似村と小沢村が御鉾内町、梨野舞納村と発足村が堀株村から分立する。また渋井村を堀株村に、臼別村を茅沼村にそれぞれ編入。
1886年(明治19)1月26日 廃県置庁により北海道庁札幌本庁の管轄となる。同年前田村が梨野舞納村から分離して成立。
1893年(明治26) 難波町が御鉾内町に編入、鷹台町が御鉾内町から分立する。
1897年(明治30)11月5日 郡役所が廃止され、岩内支庁の管轄となる。
1900年(明治33)7月1日 北海道一級町村制の施行により、御鉾内町・稲穂崎町・橘町・吹上町・堀江町・三島町・鷹台町・老古美村の一部の区域を以て、岩内郡岩内町(一級町)が発足。
1906年(明治39)4月1日 - 北海道二級町村制の施行により、前田村・老古美村・梨野舞納村・幌似村の一部の区域を以て、岩内郡前田村(二級村)が発足。発足村・幌似村の一部の区域を以て、岩内郡発足村(二級村)が発足。
1909年(明治42)4月1日 北海道二級町村制の施行により、島野村(二級村) ← 野束村・敷島内村の区域を以て、岩内郡島野村(二級村)が発足。小沢村が単独で自治体を形成。岩内郡小沢村(二級村)。堀株村・茅沼村が古宇郡泊村の一部となる。
1910年(明治43)3月1日 岩内支庁が廃止され、後志支庁の管轄となる。
1923年(大正12)4月1日 発足村・前田村が北海道一級町村制を施行。
1923年(大正12)9月1日 岩内郡発足村が古宇郡泊村の一部を編入。
1943年(昭和18)6月1日 北海道一・二級町村制が廃止され、北海道で町村制を施行。二級町村は指定町村となる。
1946年(昭和21)10月5日 指定町村を廃止。
1947年(昭和22)5月3日 地方自治法の施行により北海道後志支庁の管轄となる。
1955年(昭和30)4月1日 岩内郡岩内町・島野村が合併し、改めて岩内郡岩内町が発足。
岩内郡発足村・前田村・小沢村が合併し、岩内郡共和村が発足。
1971年(昭和46)4月1日 共和村が町制施行して共和町となる。
2010年(平成22)4月1日 後志支庁が廃止され、後志総合振興局の管轄となる。

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鉄道乗務員を親局とする郵便番号〒048-21 小沢郵便局

郵便局名 小沢(旧漢字:小澤)郵便局
読み方 こざわ(歴かな:こざは)
所在地 〒048-2142北海道岩内郡共和町小沢95-128
担当鉄道郵便局 札幌鉄道郵便局
鉄道郵便路線 函館旭川線
受渡駅 函館本線小沢駅
キロ程 小沢駅 0.3km 小沢郵便局
記号入り番号消印
為替貯金番号 90080
局番号 80
為替貯金記号 らほも
現在の集配区 岩内〒048-21
1930年(昭和5)当時の集配区域 

 

歴史
1901年(明治34)2月1日 小沢郵便局(三等)として設置。
1941年(昭和16)2月1日 局種設定により、集配特定局となる。
2007年(平成19)3月19日 集配事務を岩内局へ移管。無集配特定局に局種変更。


歴代局長
 初代 
  


自治体の変遷
1869年9月20日(明治2年8月15日) 北海道で国郡里制が施行され、後志国および岩内郡が設置される。開拓使が管轄。
1872年5月15日(明治5年4月9日) 全国一律に戸長・副戸長を設置(大区小区制)。
1872年11月10日(明治5年10月10日) 4月に設置された区を大区と改称し、その下に旧来の町村をいくつかまとめて小区を設置(大区小区制)。
1876年(明治9)9月 従来開拓使において随意定めた大小区画を廃し、新たに全道を30の大区に分ち、大区の下に166の小区を設けた。
1879年(明治12)7月23日 - 郡区町村編制法の北海道での施行により、行政区画としての岩内郡が発足。
1880年(明治13)3月 岩内古宇郡役所の管轄となる。
1882年(明治15)2月8日 廃使置県により札幌県の管轄となる。同年老古美村と幌似村と小沢村が御鉾内町、梨野舞納村と発足村が堀株村から分立する。また渋井村を堀株村に、臼別村を茅沼村にそれぞれ編入。
1886年(明治19)1月26日 廃県置庁により北海道庁札幌本庁の管轄となる。同年前田村が梨野舞納村から分離して成立。
1893年(明治26) 難波町が御鉾内町に編入、鷹台町が御鉾内町から分立する。
1897年(明治30)11月5日 郡役所が廃止され、岩内支庁の管轄となる。
1900年(明治33)7月1日 北海道一級町村制の施行により、御鉾内町・稲穂崎町・橘町・吹上町・堀江町・三島町・鷹台町・老古美村の一部の区域を以て、岩内郡岩内町(一級町)が発足。
1906年(明治39)4月1日 - 北海道二級町村制の施行により、前田村・老古美村・梨野舞納村・幌似村の一部の区域を以て、岩内郡前田村(二級村)が発足。発足村・幌似村の一部の区域を以て、岩内郡発足村(二級村)が発足。
1909年(明治42)4月1日 北海道二級町村制の施行により、島野村(二級村) ← 野束村・敷島内村の区域を以て、岩内郡島野村(二級村)が発足。小沢村が単独で自治体を形成。岩内郡小沢村(二級村)。堀株村・茅沼村が古宇郡泊村の一部となる。
1910年(明治43)3月1日 岩内支庁が廃止され、後志支庁の管轄となる。
1923年(大正12)4月1日 発足村・前田村が北海道一級町村制を施行。
1923年(大正12)9月1日 岩内郡発足村が古宇郡泊村の一部を編入。
1943年(昭和18)6月1日 北海道一・二級町村制が廃止され、北海道で町村制を施行。二級町村は指定町村となる。
1946年(昭和21)10月5日 指定町村を廃止。
1947年(昭和22)5月3日 地方自治法の施行により北海道後志支庁の管轄となる。
1955年(昭和30)4月1日 岩内郡岩内町・島野村が合併し、改めて岩内郡岩内町が発足。
岩内郡発足村・前田村・小沢村が合併し、岩内郡共和村が発足。
1971年(昭和46)4月1日 共和村が町制施行して共和町となる。
2010年(平成22)4月1日 後志支庁が廃止され、後志総合振興局の管轄となる。

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鉄道乗務員を親局とする郵便番号〒048-17 留寿都郵便局

郵便局名 留寿都(旧漢字:留壽都)郵便局
読み方 るすつ
所在地 〒048-1731北海道虻田郡留寿都村留寿都81
担当鉄道郵便局 札幌鉄道郵便局
鉄道郵便路線 函館旭川線
受渡駅 函館本線ニセコ駅
キロ程 ニセコ駅 0.9km ニセコ郵便局 0.1km 託送自動車便20.9km 0.1km 留寿都郵便局
記号入り番号消印
為替貯金番号 90055
局番号 55
為替貯金記号 らろひ
現在の集配区 倶知安(真狩)〒048-17
1930年(昭和5)当時の集配区域 

 

歴史
1897年(明治30)9月1日 真狩郵便局(三等)として設置。(現・真狩局とは別)
1906年(明治39)1月1日 留寿都(旧漢字:留壽都)(るすつ)郵便局に改称。
1941年(昭和16)2月1日 局種設定により、集配特定局となる。
1998年(平成10)8月10日 北海道虻田郡留寿都村字留寿都111-22から北海道虻田郡留寿都村字留寿都81番地へ移転。
2007年(平成19)3月19日 集配事務を真狩局へ移管。無集配特定局に局種変更。


歴代局長
 初代 
  


自治体の変遷
1869年9月20日(明治2年8月15日) 北海道で国郡里制が施行され、胆振国および虻田郡が設置される。開拓使が管轄。
1869年10月11日(明治2年9月7日) 大泉藩の領地となる(北海道の分領支配)。
1870年(明治3年9月) 再び開拓使の管轄となる。
1871年5月3日(明治4年3月14日) 伊達邦成の領地となる。
1871年10月4日(明治4年8月20日) 廃藩置県により再び開拓使の管轄となる。
1872年5月15日(明治5年4月9日) 全国一律に戸長・副戸長を設置(大区小区制)。
1872年11月10日(明治5年10月10日) 4月に設置された区を大区と改称し、その下に旧来の町村をいくつかまとめて小区を設置(大区小区制)。
1876年(明治9)9月 従来開拓使において随意定めた大小区画を廃し、新たに全道を30の大区に分ち、大区の下に166の小区を設けた。
1879年(明治12)7月23日 郡区町村編制法の北海道での施行により、行政区画としての虻田郡が発足。
1880年(明治13)3月 室蘭郡外三郡役所(室蘭虻田有珠幌別郡役所)の管轄となる。
1882年(明治15)2月8日 廃使置県により札幌県の管轄となる。振苗村が虻田村に合併。
1886年(明治19)1月26日 廃県置庁により北海道庁札幌本庁の管轄となる。
1888年(明治22)1月 室蘭郡外五郡役所(室蘭虻田有珠幌別勇払白老郡役所)の管轄となる。
1893年(明治26) 虻田村から倶知安村が分離して成立。
1897年(明治30)11月5日 郡役所が廃止され、室蘭支庁の管轄となる。同年虻田村から真狩村が分離して成立。
1899年(明治32)5月20日 倶知安村が岩内支庁の管轄となる。
1901年(明治34) 真狩村から狩太村が分離して成立。
1902年(明治35)4月1日 北海道二級町村制の施行により、虻田町が単独で自治体を形成。虻田郡虻田村(二級村)。弁辺村・礼文村の区域を以て、虻田郡弁辺村(二級村)が発足。
1906年(明治39)4月1日 北海道二級町村制の施行により、真狩村(第1次)・狩太村・倶知安村(いずれも二級村、単独村制)が発足。倶知安村は岩内支庁が管轄。
1910年(明治43)3月1日 岩内支庁管轄の倶知安村、室蘭支庁管轄の真狩村・狩太村が後志支庁の管轄となる。倶知安村の一部(字ニセコアン)が狩太村に編入。
1910年(明治43)4月1日 倶知安村の一部(ワッカタサップ・カシプニ・ペーペナイ・下目名)が分立して東倶知安村(二級村)が発足。
1915年(大正4)4月1日 倶知安村が北海道一級町村制を施行。
1916年(大正5)4月1日 倶知安村が町制施行して倶知安町(一級町)となる。
1917年(大正6)4月1日 虻田郡真狩村の一部(キモベツ)が分立して虻田郡喜茂別村(二級村)が発足。
1918年(大正7)7月10日 虻田郡弁辺村の一部(字静狩)が山越郡長万部村に編入。
1920年(大正9)6月1日 虻田郡虻田村の一部が分立し、虻田郡洞爺村(二級村)が発足。
1920年(大正9)6月 虻田郡喜茂別村が有珠郡徳舜瞥村の一部を編入。
1922年(大正11)4月1日 虻田郡真狩村の一部(字真狩別・知来別・御保内)が分立して真狩別村(二級村)が発足。
1922年(大正11)8月1日 室蘭支庁が改称して胆振支庁となる。
1923年(大正12)4月1日 東倶知安村が北海道一級町村制を施行。
1923年(大正12)8月20日 虻田郡洞爺村が虻田郡壮瞥村の一部(字ピリカベツ以北)を編入。
1925年(大正14)4月1日 虻田郡弁辺村の一部(字中昆布・桂の沢・柳の沢)が虻田郡狩太村に編入。
1925年(大正14)2月1日 虻田郡真狩村(第1次)が改称して虻田郡留寿都村(二級村)となる。
1932年(昭和7)6月1日 弁辺村が改称して豊浦村(二級村)となる。
1938年(昭和13)4月1日 虻田郡虻田村が北海道一級町村制を施行。
1938年(昭和13)10月1日 虻田村が町制施行して虻田町(一級町)となる。
1940年(昭和15)4月1日 東倶知安村が改称して京極村(二級村)となる。
1941年(昭和16)12月1日 真狩別村が改称して真狩村(第2次、二級村)となる。
1943年(昭和18)6月1日 北海道一・二級町村制が廃止され、北海道で町村制を施行。二級町村は指定町村となる。
1946年(昭和21)10月5日 指定町村を廃止。
1947年(昭和22)5月3日 地方自治法の施行により北海道胆振支庁・後志支庁の管轄となる。
1947年(昭和22)7月1日 豊浦村が町制施行して豊浦町となる。
1950年(昭和25)9月1日 狩太村が町制施行して狩太町となる。
1952年(昭和27)7月1日 喜茂別村が町制施行して喜茂別町となる。
1962年(昭和37)5月1日 京極村が町制施行して京極町となる。
1964年(昭和39)10月1日 狩太町が改称してニセコ町となる。
2006年(平成18)3月27日 虻田町・洞爺村が合併して洞爺湖町が発足。
2010年(平成22)4月1日 胆振支庁・後志支庁がそれぞれ廃止され、胆振総合振興局・後志総合振興局の管轄となる。

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鉄道乗務員を親局とする郵便番号〒048-16 真狩郵便局

郵便局名 真狩(旧漢字:眞狩)郵便局
読み方 まっかり
所在地 〒048-1699北海道虻田郡真狩村真狩77-1
担当鉄道郵便局 札幌鉄道郵便局
鉄道郵便路線 函館旭川線
受渡駅 函館本線ニセコ駅
キロ程 ニセコ駅 0.9km ニセコ郵便局 0.1km 託送自動車便12.3km 0.1km 真狩郵便局
記号入り番号消印
為替貯金番号 90124
局番号 124
為替貯金記号 らとひ
現在の集配区 倶知安(真狩)〒048-16
1930年(昭和5)当時の集配区域 

 

歴史
1907年(明治40)3月16日 真狩別(まっかりべつ)郵便局(三等)として設置。無集配局。
1908年(明治41)4月11日 集配事務取扱開始。
1941年(昭和16)2月1日 局種設定により、集配特定局となる。
1942年(昭和17)8月1日 真狩郵便局に改称。
2000年(平成12)11月20日 北海道虻田郡真狩村真狩121から北海道虻田郡真狩村真狩77-1へ移転。
2007年(平成19)3月19日 留寿都局より集配事務を移管。

これ以前に別の真狩郵便局が存在。
1897年(明治30)9月1日 真狩郵便局(三等)として設置。
1906年(明治39)1月1日 留寿都(旧漢字:留壽都)(るすつ)郵便局に改称。
1941年(昭和16)2月1日 局種設定により、集配特定局となる。
1998年(平成10)8月10日 北海道虻田郡留寿都村字留寿都111-22から北海道虻田郡留寿都村字留寿都81番地へ移転。
2007年(平成19)3月19日 集配事務を真狩局へ移管。無集配特定局に局種変更。


歴代局長
 初代 
  


自治体の変遷
1869年9月20日(明治2年8月15日) 北海道で国郡里制が施行され、胆振国および虻田郡が設置される。開拓使が管轄。
1869年10月11日(明治2年9月7日) 大泉藩の領地となる(北海道の分領支配)。
1870年(明治3年9月) 再び開拓使の管轄となる。
1871年5月3日(明治4年3月14日) 伊達邦成の領地となる。
1871年10月4日(明治4年8月20日) 廃藩置県により再び開拓使の管轄となる。
1872年5月15日(明治5年4月9日) 全国一律に戸長・副戸長を設置(大区小区制)。
1872年11月10日(明治5年10月10日) 4月に設置された区を大区と改称し、その下に旧来の町村をいくつかまとめて小区を設置(大区小区制)。
1876年(明治9)9月 従来開拓使において随意定めた大小区画を廃し、新たに全道を30の大区に分ち、大区の下に166の小区を設けた。
1879年(明治12)7月23日 郡区町村編制法の北海道での施行により、行政区画としての虻田郡が発足。
1880年(明治13)3月 室蘭郡外三郡役所(室蘭虻田有珠幌別郡役所)の管轄となる。
1882年(明治15)2月8日 廃使置県により札幌県の管轄となる。振苗村が虻田村に合併。
1886年(明治19)1月26日 廃県置庁により北海道庁札幌本庁の管轄となる。
1888年(明治22)1月 室蘭郡外五郡役所(室蘭虻田有珠幌別勇払白老郡役所)の管轄となる。
1893年(明治26) 虻田村から倶知安村が分離して成立。
1897年(明治30)11月5日 郡役所が廃止され、室蘭支庁の管轄となる。同年虻田村から真狩村が分離して成立。
1899年(明治32)5月20日 倶知安村が岩内支庁の管轄となる。
1901年(明治34) 真狩村から狩太村が分離して成立。
1902年(明治35)4月1日 北海道二級町村制の施行により、虻田町が単独で自治体を形成。虻田郡虻田村(二級村)。弁辺村・礼文村の区域を以て、虻田郡弁辺村(二級村)が発足。
1906年(明治39)4月1日 北海道二級町村制の施行により、真狩村(第1次)・狩太村・倶知安村(いずれも二級村、単独村制)が発足。倶知安村は岩内支庁が管轄。
1910年(明治43)3月1日 岩内支庁管轄の倶知安村、室蘭支庁管轄の真狩村・狩太村が後志支庁の管轄となる。倶知安村の一部(字ニセコアン)が狩太村に編入。
1910年(明治43)4月1日 倶知安村の一部(ワッカタサップ・カシプニ・ペーペナイ・下目名)が分立して東倶知安村(二級村)が発足。
1915年(大正4)4月1日 倶知安村が北海道一級町村制を施行。
1916年(大正5)4月1日 倶知安村が町制施行して倶知安町(一級町)となる。
1917年(大正6)4月1日 虻田郡真狩村の一部(キモベツ)が分立して虻田郡喜茂別村(二級村)が発足。
1918年(大正7)7月10日 虻田郡弁辺村の一部(字静狩)が山越郡長万部村に編入。
1920年(大正9)6月1日 虻田郡虻田村の一部が分立し、虻田郡洞爺村(二級村)が発足。
1920年(大正9)6月 虻田郡喜茂別村が有珠郡徳舜瞥村の一部を編入。
1922年(大正11)4月1日 虻田郡真狩村の一部(字真狩別・知来別・御保内)が分立して真狩別村(二級村)が発足。
1922年(大正11)8月1日 室蘭支庁が改称して胆振支庁となる。
1923年(大正12)4月1日 東倶知安村が北海道一級町村制を施行。
1923年(大正12)8月20日 虻田郡洞爺村が虻田郡壮瞥村の一部(字ピリカベツ以北)を編入。
1925年(大正14)4月1日 虻田郡弁辺村の一部(字中昆布・桂の沢・柳の沢)が虻田郡狩太村に編入。
1925年(大正14)2月1日 虻田郡真狩村(第1次)が改称して虻田郡留寿都村(二級村)となる。
1932年(昭和7)6月1日 弁辺村が改称して豊浦村(二級村)となる。
1938年(昭和13)4月1日 虻田郡虻田村が北海道一級町村制を施行。
1938年(昭和13)10月1日 虻田村が町制施行して虻田町(一級町)となる。
1940年(昭和15)4月1日 東倶知安村が改称して京極村(二級村)となる。
1941年(昭和16)12月1日 真狩別村が改称して真狩村(第2次、二級村)となる。
1943年(昭和18)6月1日 北海道一・二級町村制が廃止され、北海道で町村制を施行。二級町村は指定町村となる。
1946年(昭和21)10月5日 指定町村を廃止。
1947年(昭和22)5月3日 地方自治法の施行により北海道胆振支庁・後志支庁の管轄となる。
1947年(昭和22)7月1日 豊浦村が町制施行して豊浦町となる。
1950年(昭和25)9月1日 狩太村が町制施行して狩太町となる。
1952年(昭和27)7月1日 喜茂別村が町制施行して喜茂別町となる。
1962年(昭和37)5月1日 京極村が町制施行して京極町となる。
1964年(昭和39)10月1日 狩太町が改称してニセコ町となる。
2006年(平成18)3月27日 虻田町・洞爺村が合併して洞爺湖町が発足。
2010年(平成22)4月1日 胆振支庁・後志支庁がそれぞれ廃止され、胆振総合振興局・後志総合振興局の管轄となる。

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